研究内容RESEARCH CONTENT

モデル生物(酵母・線虫)を用いたアンチエイジング研究

 老化は誰もが避けては通れないものであり、様々な疾病を伴うことが知られています。また、人はもちろん、大腸菌などの微生物までも示す普遍的な現象であり、最近の研究からその基本的な仕組みが明らかになってきました。しかしながら、老化の過程は複雑であり、その仕組みにはまだまだ不明な点が多いのが現状です。超高齢社会を迎えた現在、いわゆる”健康寿命”の延長が期待されており、老化の仕組みの全容解明が急がれています。
 人の寿命は数十年とたいへん長いため老化の研究を行うには膨大な時間が必要となります。そこで、人よりも寿命が短い酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスといったいわゆるモデル生物が活躍します。私たちのグループでは、最もシンプルな単細胞モデル生物である出芽酵母と多細胞モデル生物の線虫を用いて、アンチエイジング研究を行っています。出芽酵母は5~10 µmほどの大きさの単細胞生物です。出芽酵母は、いわゆるパン酵母、ビール酵母といわれる微生物で、私たちにもたいへん馴染み深い生物です。しかし、「そもそも酵母に”老化”ってあるの?」と思われる方も多いと思います。実は酵母も年老いて、最後は死にます。しかも、最近の研究から、遺伝子レベルで寿命が制御されていることも分かりつつあります。たいへん興味深いのは、寿命を決定する因子は酵母や線虫で最初に発見され、その後、その基本的な仕組みが高等生物にまで高く保存されていることが分かったという点です。寿命研究の成果は、単に寿命メカニズムの解明のみならず、老化に伴う各種疾患(生活習慣病やがん)の発症機構の理解やその予防・治療に役立つことが期待されます。以下、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeと線虫C. elegansを用いた研究内容について簡単に紹介します。

1 出芽酵母のCa2+シグナルによる寿命制御機構の解明

 Ca2+イオンは、真核生物におけるシグナル伝達物質として様々な細胞機能の調節に関わっています。また、Ca2+情報伝達経路において中心的な役割を担っているカルシニューリンは、ヒトでは免疫応答、記憶、心臓の形成、またダウン症、統合失調症といった病気にも関与していることが報告されており、非常に注目されている酵素です。しかしながら、Ca2+シグナル(カルシニューリン)と老化との関係は明らかになっていませんでした。今回、私たちは出芽酵母においてCa2+シグナル(カルシニューリン)が寿命制御にも関与していることを世界ではじめて明らかにしました。現在、その分子メカニズムについて詳細に解析を行っています。

2 出芽酵母の新規寿命制御因子の探索と機能解明

 Ca2+シグナルと寿命制御との関係を解析する過程で、これまでにない長寿遺伝子の取得に成功しました。さらにその長寿遺伝子はテロメア長(老化・寿命と密接な関係があるゲノム末端構造)の制御にも関わることも見出しました。そこで、この遺伝子を持つ長寿変異株を用いて、老化・寿命に関わる新しい分子を探索し、その全容を明らかにすることを目的に解析を行っています。

3 出芽酵母と線虫を用いた栄養・代謝シグナルが関与する新規寿命制御機構の解明

 最近の研究から、栄養状態、腸内細菌叢などの環境因子が原因で生じた特定の代謝産物が、細胞の分化、がん化、免疫反応、老化・寿命などの複雑な生命現象に甚大な影響を及ぼす例が見出されてきました。従って、代謝機構を標的とした研究は、加齢性疾患の予防や治療による健康長寿の実現に極めて重要です。私たちは、酵母を用いた解析から、寿命延長にアミノ酸の一種であるメチオニンの代謝産物のS-アデノシルメチオニン(SAM)が関与することを見出しました。具体的には、SAMの合成促進は食事制限を模倣し、長寿因子・AMP依存性キナーゼAMPKの活性化を通して寿命延長する、これまでにないメカニズムを提唱しました。SAMはメチル基供与体として生体で極めて重要な役割を担っています。そこで、現在、メチオニン代謝経路がどのように老化・寿命制御に関わるのか出芽酵母と線虫を用いて徹底解明を行っています。

4 線虫の温度と細菌シグナルによる寿命制御機構の解明

 線虫は、1mm程度の大きさの多細胞生物です。この生物の細胞の数はたった1000個ほどですが、神経、筋肉、生殖系列といったものをちゃんともっています。そのような線虫は老化・寿命研究の分野においても多細胞生物の最もシンプルなモデル系として活躍しています。これまで、線虫など変温動物の寿命について低温では長寿命、高温では短寿命となることが知られていましたが、その分子基盤は不明でした。私たちは、栄養・代謝センシングで重要な役割を担っているmTORC2が、高温では寿命短縮に、一方、中・低温では寿命延長に働くことを見出しました。現在、高温や低温に対する環境応答メカニズムを寿命との関連を含め、解析しています。

5 出芽酵母と線虫を用いた寿命延長に資する化合物の探索

 寿命延長に資する化合物(代謝産物・二次代謝産物や腸内細菌などの微生物・食品由来成分も含む)を網羅的に探索し、それらによる健康効果を解明することも行っています。
 出芽酵母と線虫、これら2種類のモデル生物は、老化・寿命制御を理解するうえで強力な解析ツールとなっています。出芽酵母と線虫両者のそれぞれの実験上の強みを生かして科学的根拠に基づいたアンチエイジング提唱し、私たちの健康長寿社会の実現に貢献したいと考えています。